2026年9月28日月曜日

伊藤 七日 著『前夜 of きいろいおうち浮遊記』・『沖縄移住記 果報(かふー)を探して 8 years』

北海道から沖縄に移住した女性が、車一つでZINEを売る旅に出るまでの記録。

通常、この読書メモは一記事に1冊だけだが、今回は2冊取り上げる。『前夜 of きいろいおうち浮遊記』と『沖縄移住記 果報(かふー)を探して 8 years』の2冊である。これらは内容的に関連しているし、その方が書きやすい。

さて、この2冊の本は、先日ひょんなことから出会った女性から直接もらったものと買ったものである。『前夜〜』はフリーペーパーで、『沖縄移住記』は本なのだが、どちらもこの女性の日記的エッセイである。そして現実の時間は『沖縄移住記』→『前夜〜』だが、このメモでは私が読んだ順に『前夜〜』から書く。

この女性は、車中泊して本を売りながら西日本を旅するという。

一応、西日本各地で開催されるZINEフェスでZINEを売るということを目的にしているが、本当の目的は「自分でいられる方法を探すこと」だ。この『前夜 of きいろいおうち浮遊記』は、この旅に出る直前までの心の動きが書いてある。 

彼女は北海道から沖縄に移住して暮らしていた。しかし仕事に追いまくられ、四六時中頭から仕事のことが離れなくなり鬱一歩手前になる。

そして仕事を辞め、本を売る車中泊ツアーに出ることを決心する。彼女は35歳。「35歳で、沖縄ではそこまで悪くない待遇の仕事を捨てて、やりたいことを追いかけてまた放浪の身になろうだなんて、多くの人にとってドン引きだって、わかってる(p.3)」と自ら言う。

35歳でこんなことをやるなんて遅すぎる、といいながら、彼女はこの思いつきを実現することに邁進する。このあたりは読んでいて引き込まれる。この無鉄砲な車中泊ツアーを計画しているのが20代の若者なら、きっとこのZINEはワクワクする計画を練る楽しい文面になっただろう。しかし彼女は、自らの思いつきを肯定しながらも、自分がどうしようもない行き止まりに向かっているのではないかという客観的な視点が頭のどこかにある。つまり、彼女は考えなしに無鉄砲な冒険をするほど若くなく、世の中というものを知っている。にもかかわらず、彼女はその不確かな旅の終わりに期待することしかできない。

もちろん、このZINEはそういう悲愴な内容ではない。むしろ彼女は新しい世界へ踏み出すことに高揚している。それに鬱になりかけながら仕事を続けるより、そこから逃避する方がよほどマシなのは確かだ。自分が壊れてしまったら何の意味もない。だが何にせよ、ただ楽しいだけの旅の前夜なのではなく、ほんとうはやるべきでないかもしれない、いや、やらない方がいいのはわかっているが、それでもやってみたい、という思いがこの前夜記の読後感を複雑にしている。

『沖縄移住記 果報(かふー)を探して 8 years』は、『あさひかわ新聞』に月イチで連載したものをまとめ加筆修正したもので、彼女が沖縄に移住してからの8年間の記録である。

詳しくは書かれていないが、彼女は大きな悲しみを抱えて北海道から沖縄に来たらしい。それは新天地を求めての楽しい移住ではなかったように思うが、彼女自身は「お気楽な移住」だと言う。

しかし彼女の生活はお気楽ではない。彼女は転々と仕事と居住地を変える。それは、ある程度の安定が訪れようとすると、自ら「これではいけない」とその場所から移動してしまうという性分があるからのようだ。まるで積み木遊びを永遠に続けてしまう子どものように、彼女は積んで崩してを繰り返す。

一方で、彼女は「地に足がついた暮らし」にも憧れる。というより、単に放浪が好きなのではなく、「地に足がついた暮らし」に憧れながら、彼女はそういう生き方が出来ないから面白い。もし放浪が好きなだけの人だったら、こういう文章にはならない。

彼女は、まるで泳ぎ続けなければ死んでしまう魚のように進歩や向上を求め、新しい考えや世界の見方を吸収する。もちろんそれ自体は素晴らしい。だが傍目には、彼女は癒しがたい飢えを抱えているようにも見える。彼女はどんなに素晴らしいものを手にしても、そこに安住することを拒否する。

途中、コロナ禍で釣りに没頭するところがある。

ここは、大昔に読んだヘミングウェイを思い起こさせた。ヘミングウェイには『老人と海』(これは釣り文学の傑作だ)だけでなく、多くの釣り文学がある。それはただ狙った獲物を釣り上げるだけでなく、釣りに託して人生を語るものだ。だがヘミングウェイにとって釣りは本気で取り組むゲームではあったが、であるからこそ比較的気楽なものだったと思う。しかし彼女にとって釣りは、ゲーム的なものであったようには思えない。大げさに言えば彼女は「生きている実感」を求めて釣りをしていたのではないか。

『前夜〜』では、私は彼女のことを単純に現代の生活(特に仕事!)に疲れた人と思い、そこから逃避するために車中泊ツアーをするのかと思っていた。しかし本書を読んでみると、彼女にはそれ以上の陰翳がある。

だいたい、『前夜〜』では35歳でこんなことをやるなんて遅すぎる、と自嘲していたが、20代の頃の彼女もどんどん新しい場所に飛び込んで冒険している。もう20代でやりつくしたではないか、と傍観者としては思う。しかし彼女はそれでも満足できない。きっと一生満足できないような気がする。しかもそんな自分を一段高いところから眺めて、「やれやれ」と思う客観性を彼女は持ち合わせている。このメタ性が、はっきりとは書いていないが文章の端々にある。それがこのエッセイを極めて立体的なものにしている。

しかも「やれやれ」と思いながらも、彼女はいつも自分を肯定する。というより、一生付き合っていかないといけない存在(=自分)を嫌いになってもしょうがない。ならば好きになろう、というような覚悟がある。だから癒しがたい飢えを抱えながら、それを肯定し、むしろいつまでも貪欲であり続けたい、と自己規定する。彼女はとても前向きだ。しかしそれすらも、どこか「自分に言い聞かせているような感じ」を仄かに残す。この多重性が本書の大きな魅力である。 

ちなみに、彼女はとても文章が上手い。最近読んだZINEの中では一番上手いと思った。本書には空白期(2023年5月〜9月)があり、それは別の本『くるま旅日記!』にまとめてあるという。こちらも買っておけばよかったと後悔した。

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